イザカガ妄想劇場ぱーと4

『prize』

「ハアハアハアハア」
 イザークは、荒い呼吸をしながら手にランタンを持って夜明け前の山林を歩いていた。
「なんだかだらしないな」
 前方で鬱蒼とした道を軽快に歩いていたカガリが後ろを振り向いて呟く。
「し、仕方ないだろ。最近は車で移動することが多かったし、決まった運動もしていないのだから」
 その言葉を聴いたカガリが、即座に一言。
「お前、太るぞ」
「うるさいっ!!」
 顔を真っ赤にしたイザークを見て、カガリがカラカラと笑う。
「まあまあ、ちょうどいい運動だ。頑張れ」
「…………何故誕生日の日にこんな目にあわなくてはいけないんだ」
 そうぼやきながら、イザークは2時間ほどの出来事を思い出していた。


 友人達が夜にささやかなパーティを開いてくれると言ってくれたので、子供じみているとは思ってもワクワクしながらイザークは眠りについていた。少々興奮していたせいだろうか、夢を見た。キラキラとした、様々な美しい黄緑の光が自分を包む夢だ。そのなんとも言えぬ光景に呆気に盗られている自分の手を、誰かがそっと握る。隣を見ても、その姿はぼやけて分からないが、自分を見て微笑んでいるのがわかる。手を握り返し、自分も微笑み返そうと……

イザーク!起きろ!朝だぞ〜!!!」
 カガリがいきなり扉を開いて部屋に入ってきた。
 何事かと思って飛び起きて見ると、このクソ暑い時期に長袖・長ズボン・靴下にスニーカーと見るだけで暑苦しいスタイルで、小さなリュックを背負いながら仁王立ちしていた。窓の外は真っ暗。壁にかかっている時計は4時前。
「俺は何も見えない」
 そう言うと、イザークは布団にもぐりこみ、再び夢の世界へ旅立つことに決めた。
「お、おい!こら、起きろ、タダ飯喰らい!家主様の命令だぞ!ちょっとは気にしないか!」
 そういいながら、カガリはベットに近づき、イザークの体をゆすり始めた。しばらく無視していると、顔の近くにカガリの気配を感じたと思った瞬間、
「フーーーッ」
 耳の中に息を吹き込まれた。
「ウォッ!」
 イザークは足も曲げずに飛び起きた。と思ったら、バランスを崩してベットの横に落ちた。
「あ、やっと起きた。おはようイザーク、お前軍人やってたワリには寝起き悪いな」
 ベットの向こう側に消えていくイザークに対して何事もなかったように挨拶するカガリに、頭を擦りながらイザークはシャウトした。
「うるさい!誕生日そうそう早朝からこの仕打ちか!俺の20歳(?)の始まりはベットから落ちることなのか!」
 しかしシャウト慣れしたカガリにとって、イザークの発言は牽制にもならなかった。
「まあまあ。お前はきっと誕生日だろが正月だろうが何事も無くベットから落ちるだろうし、私にはどうでもいいことだし。それより」
「おい!誕生日くらいまともに話をきこうと…」
 再び叫ぼうとしたイザークの前にカガリは何かを差し出した。
「これに着替えろ。ハイキングするぞ」
 それは服と小さなリュックだった。もう1度時計を見てもやっぱり4時前だった。


 否応なしにハイキングルックにされ、早朝ハイキングへと借り出されたイザークは、薄暗い中、まったく舗装されていない獣道を延々と2時間も歩かされていた。民俗学の研究員としてオーブにいるとはいえ、まだ来て日の浅いイザークは、あまり山奥のフィールドワークをしたことがなかった。当然山道は歩きなれておらず、軍を離れてから、しばらくまとめて運動をしてなかった為、1時間ほどして息が切れ始めた。前方を恨めしそうに見ると、手にランタンを持ったカガリがまるで舗装された平坦な道のごとく軽やかに歩いていた。
 進むごとに山は険しくなっていき、木もさらに繁ってきた。夜明け前で空が明るくなってきているはずなのに、一歩出すごとにかえって暗くなっていく。
「……おい」
「何だ?」
 イザークが前に向かって声をかけると、後ろを振り向かずにカガリが答えてきた。
「目的地は知らんが……迷ってないか?」
 カガリ、少し間を空けてから口を開いた。
「大丈夫、大丈夫!……多分」
「おいっ!なんだその多分というのは!俺を遭難させる気か!誕生日を人生最後の日にする気なのか、お前は!」
 イザークの絶叫が暗い山の中に響く。大丈夫と繰り返すだけのカガリに対して、イザークは不安がますます膨れ上がっていくのを感じた…………と思った瞬間、カガリが声を上げた。
「おっ、着いた着いた、到着〜」
 立ち止まったカガリの足元から水音が聞こえてくる。近づこうとすると、
「おっとここでストップ」
カガリイザークの前に手を出した。前を見るとそこには直径5メートルほどの小さな池があった。ランタンを近づけても底が見えない。池の向こうには大きな崖があり、上を見上げても向こう側が見えない。
「……これが目的地か?」
 そう呟くと、カガリは笑い出した。
「ハハハ、まさか。さて、ちょっと用意するか」
 カガリはリュックを下ろすと、いきなり服を脱ぎ始めた。その行動にイザークは驚き、顔を逸らしながら目を瞑った。
「ば、バカ者!なんてはしたないことをしているんだ!いますぐ服を着ろ、痴れ者が!」
「は?何言ってるんだ、お前。ふざけてないで、お前も早く用意しろ」
 カガリの間の抜けた、まったく色気のない声を聞いて、イザークが顔を元の位置に戻すと、カガリはワンピースの水着を着て立っていた。
「服の下に着てきたんだ、エライだろ。お前の水着は鞄に入っているぞ。あっち向いていてやるから早く着替えろよ」
「…………」
 ありもしない妄想を恥じて顔を真っ赤にしていたイザークは、『なんで早朝に山の中で水着なんか着るんだ!』という疑問を頭に浮かべるのを忘れて服を着替えた。


 水着に着替えたイザークを確認したカガリは、手にはめた腕時計をチラリと見た後、イザークの手をいきなり握った。
「さ、潜るぞ!」
「は?」
 イザークが気が付いたときにはすでに水の中だった。いきなり暗い水の中に飛びこんだ為、一瞬上下が分からなくなったイザークの手を、カガリはしっかりと握り締め奥へと進んでいく。すぐに体勢を立て直したイザークは周りを確認した。池事態は小さかったが、崖の方向に大きな穴が開いており、そこから光が漏れてきていた。カガリはそこに向かって進んでおり、イザークカガリの横に並ぶと穴の向こうを目指して泳いでいった。
 ほんの15秒ほど泳いでいくと行き止まりになり、上から微かに光が降り注いでくる。水の上に上がる瞬間、イザークカガリに目隠しをされた。
「ッハア」
 イザークは目隠しをされた状態でも何とか岸らしき場所に近づき、手をかけ、荒い呼吸をなんとか落ち着かせて言った。
「……おい、これは何のまねだ」
 声には怒りが含まれていたが、カガリはまるで気にしなかった。
「まあまあ。おっ、丁度今からだな。さあ、見てもいいぞ」
 顔から手をはずされたイザークは息を呑んだ。

 その光景は、この世のものとは思えないものだった。イザーク達がいる場所は周りが崖に囲まれ、上を見上げてやっと空が見えるという空洞のような場所だった。東の方向に薄い切れ目のような箇所があり、少しずつ空が明るくなるに連れて、そこから少しずつ西側の崖を光が照らし出した。すると、イザーク達の周りがキラキラと緑色に輝き出した。崖全体から緑色の水晶のようなものが覗いており、それが光を受けてなんともいえない光景を作り出していた。隙間から差し込んだ光は西側の崖に彫られた大きな像の持っている反射鏡によって空洞全体を照らし出していた。イザークは、今まで感じたことのない何か、でも何処かで見た気もする懐かしい感じがして、呆気にとられていた。
「ここは、私が昔この山で遊んでいたときに偶然見つけた場所なんだ」
 ふと、カガリが話し始めた。
「お父様に報告すると、たぶん、昔ここに住んでいた人たちが聖地として敬っていたのではないかって言っていた。でも、何も調べていないんだ、ここ」
「…………何故だ?」
「ここはアスハ家の私有地だし、ここの宝石はあまり価値が高くないとはいえ大きいものが多いから、たくさん掘ったらそこそこの財産になる。いざという時の隠し財産にするから秘密にしておこうってお父様は言ってたけど……」
「けど何だ」
「それは本当の理由じゃないと思う。連れてきたときにお父様もすごく感動していたから、たぶん、ここの神秘的な雰囲気を大事にしたかったんじゃないのかな」
「神秘的……」
 イザークはあらためて辺りを見回した。光が強まるにつれ、キラメキは強まり、様々な黄緑色の光に空洞全体が包まれる。まるで現実感がない、でも確かに自分はここにいる。そして、得体の知れない何かを感じてしまう。
「そうか……これが神秘的というものか」
「うん、私もここにいると強いマナを感じるんだ。人がたくさん入ると、マナが弱まったりするからな。ここに来るのはお前で3人目だ」
「?」
 3人目、それを聞いたイザークは疑問に思った。
「……なんでアスランをつれてこない」
 カガリはふとイザークの顔を見たが、すぐに彫像のほうを向いた。
「お父様が……次に連れてくる人は、ここを1番大事にしてくれる人にしなさいって言ったんだ。私はアスランが大事だし、アスランも私を大事に考えてくれていると思う……でも、アスランはこういうのあんまり興味ないからな。1番大事っていうのはちょっと違う気がするんだ」
 イザークアスランを思い浮かべた。彼の趣味は機械工学であり、この雰囲気とはあまり合わないと感じた。
「…………なるほどな」
イザークはすっごく好きだろ、こういうの。丁度誕生日が来たし、いいかなって思った」
「そうか……感謝する」
 イザークは礼を述べた。いつもは突っかかってばかりだが、何故かここでは素直になることができた。
イザーク
 礼を聞いたカガリは、イザークの名を呼ぶと、再びイザークの顔を見てこう言った。
「Happy Birthday!」
 イザークの手を握りながら微笑むカガリの顔を見て、イザークは何処でこの光景を見たのかを思い出した。
「そうか……夢の中か」
「ん?」
 不思議そうに首をかしげるカガリに、イザークは夢の中と同じように微笑んだ。