SEED SAGA LINKAGE PHASE-02-A01

 
 
「しんえん……かぐや?」
 それは聞いたことのない名前だった。俺だけではなく、目の前にいる兵士達も同じらしく、困惑した顔だった。
「ホムラ様、それは一体誰ですか?」
「あの方はカガリ様ですよ?」
 ザワザワと騒ぐ兵士達から飛び出す質には答えず、俺達二人見ていたホムラは口を開いた。
「……いいのか。今ならまだ戻れるのだぞ」
「何にですか」
 カガリは無表情で、微かに声に怒りを含ませながら答えた。それを聞いたホムラは深い溜息をはいた。
「……深淵 香具矢は、元オーブ首長国連邦外国人部隊代表及び特殊活動部隊隊長……アスタルというコードネームを持つ女だ」
 
 


GENERATION of C.E.外伝〜


SEED SAGA LINKAGE

  
PHASE-02 「始まりの時」


  
 アスタルという言葉を聞いた途端、兵士達のざわめきはより一層大きくなる。
「外国人部隊って昔あった、オーブ軍最強の……」
「主要メンバーの多くを出したっていうあの」
「アスタルだって!?あの珊瑚海戦で、ザフト艦を侵入工作だけで殲滅したっていう……」
 ザワザワと口々から俺の知らない情報が飛び出してくる。訳が分からない。こいつはどう見たって先程まで国家の代表だった人間として扱われていた、あのアスハ代表だ。どう見ても外国人部隊だの殲滅だのという物騒な存在ではない。なのに……何故か別人だと言われても納得してしまいそうなくらい雰囲気が違うんだ!?それはカガリとホムラ氏以外のここにいる全員が感じていることのようで、困惑の空気が辺りを支配していた。
「何が不服なんだ」
「何が?なんであんたがそれを言うんだ」
 カガリはホムラ氏の問いに対し、馬鹿にしたような口調で返事をした。
「……お前の記憶を消したことか」
「私だけじゃない。ユラ・アスハ……私の親友の過去もだ」
「……」
 ユラ・アスハ?それはお前のことではないのか?じゃあ……カガリ・ユラ・アスハは別にいるということなのか!?
「なんで……なんで私があの子として扱われているんだ」
「……仕方のないことだ」
「でも、その理由は言う気などないんだろう」
 カガリは辺りを見回した。詳しい内情など知りそうにない新兵達。強力で隠密性の高いモビルスーツ。それらを目を細めて見ている。
「説得が無理なら力尽くって考えだもんな」
「分かっているのなら元に戻れ」
「断る。何一つ分からないまま消えるのは嫌だ」
 カガリは胸に握り締めた拳を押し付けた。ホムラ氏を睨みつける視線が厳しいものになる。
「私の道も……ユラの道も、自分だけのものだ。なのにあの子の意思も……私自身のことも知らないまま歩く訳にはいかない」
 カガリの言葉を聞いたホムラ氏は顔をしかめた後、歯を食いしばりながらつぶやいた。
「……深淵を捕獲しろ。もう一人は殺せ」
「なっ」
 俺はギョッとした。先ほどまでアスランとの約束をどう果たすかなどという平和なことを考えていたのに、いきなり死を要求されたのだ。いくら戦場に慣れているとはいえ、覚悟が違う。今は丸腰なのだ。そう考えた瞬間、全身に冷や水を浴びせられたかのごとく、足先まで冷えていった。動悸が早くなり、嫌な汗が頬を伝う。
 すると、隣でカガリは気の抜けるような溜息を一つついた後、肩をすくめた。
「あーあ、やっぱり目撃者は殺す気か」
「貴様……何故そんなに落ち着いているんだっ」
「まあ、こういう状況慣れてるからな。言っただろ、ボヤボヤしてたら殺されるぞって。予想範囲内だから落ち着けって」
「落ち着けるかーーーっ!!!!」
 俺は怒鳴りながら立ち上がった。こいつの神経はどうなっているんだ!?あれほどの銃口を向けられて(しかもモビルスーツまでいて)欠伸一つくらい平気でしそうな顔をしやがって!俺達を殺せと言われた兵士達の方が驚いているではないか!
「お言葉を返すようですが、理由が分かりません」
 別人かもしれないとはいえ、いきなり元国家元首と一般人の俺に銃口を向けろと言われたら普通の兵士なら躊躇うに決まっている。この新兵の中では比較的高い地位にいるらしい男がホムラ氏に向かって叫ぶ。しかしホムラ氏の答えは冷たい視線だった。
「理由は国家機密漏洩未遂だ。外に洩れると国家が揺るぎかねない情報を多く知っている人物がプラント政府の関係者と逃亡。十分な理由だ」
「ですが……」
「またこの国を焼きたいのか。今焼かれれば、世界はより酷い地獄になるだろうな」
「しかし」
「これ以上質問すると、お前の部下達は明日には口が聞けなくなるぞ」
 逆らうと殺すと言われた男は唇をかみ締めて震えながら、手を握り締めた後、もれる息のような声を出した。
「……全員構え。目標、前方女子一名」
「手足くらいなら打ち抜いても構わん……生きていればどうにでもなる」
 立ち去る後ろ姿から聞こえる、ホムラ氏の冷徹な声がさらに追い討ちを掛ける。俺は何か打開策がないか、辺りを確認した。約八十メートル前方にはムラマサと呼ばれたモビルスーツ三体に多数の軍用車と多くの兵士が、この扇形の崖を囲むように配置されている。後方の崖は三十メートルほどの高さがあり、海も波が高い。前に進むのは無謀すぎるし、崖から飛び降りるのも危険だ。
「逃げ道はなし……か」
 俺は覚悟を決めるしかなかった。こんなことになるのであれば、もっと親孝行をしておくべきだったのだろうか。ディアッカに色々と苦労をかけた礼の一つも言ってはいないし、今後の部下達の面倒を見てやるようにシホに頼んでいない。ニコルの墓参りにももう一度くらい行きたかったし……ついでにアスランにも小言を言い足りない。
 そんな考えを頭に浮かべている俺の横で、カガリは大きな溜め息を一つつくと、前に進み始めた。
「お、おい。どうする気だ」
 命の保証はされているコイツが、俺を見捨てるのではないかという考えが一瞬頭をよぎる。するとカガリは少し苦笑した顔で振り返った。
「別に見捨てないって。だからそんな捨て犬みたいな顔するなよ」
「なっ!!」
 まるで子供をあやすような目をされ、羞恥心で自分の顔が熱くなっていくのがわかる。
「いやまあ、交渉は無駄だろうから、土産に一つ良い話をしてやろうと思って」
「殺されるのにそんな土産などいらんわっ」
 こいつは俺より年下でナチュラルなんだぞ。なのに何故俺はこいつに手玉にとられているんだっ!!
「まあ、お前も聞いとけって。ついでに耳と目を塞ぐ用意しとけ」
 納得のいかなさから苛つく俺の顔から目を離し、カガリは前方のほうを見た。前を向くまでに見えたその瞳は、先程の暗闇の中と同じく、自ら金色の光を放っていた。一瞬見えたその姿は、この世の者とは思えないものだった。
 カガリは、止めていた足を再び進めると大声で兵士達に語り始めた。
「こら新兵のクソガキども」
 その声は今までテレビで聞いたことのある、何処か世間知らずが滲み出たものではなく、いくつもの修羅場を越えてきただろうドスのきいた
腹のすわったものだった。その迫力と、明らかに常の人間とは異なる鈍く光っているだろう瞳が一種異様な雰囲気を作り出している。まるで何か得体の知れない、未知の生物に出会ったかのような。圧倒された空気に俺を含む全ての者が体を硬直させていた。
「ひっ……く、くるな」
「ばっ、待てっ……」
 恐怖に堪えられなかったのか、兵の一人がカガリに向かって引金を引いた。真っ直に頭に向けられ銃口から、破裂音と共に弾が発射される。カガリはそれを飛んできたボールのようにかわした。まるで弾が見えているかように……その行為がより一層辺りを恐怖へと陥れ、一斉に銃口カガリへと向けられた。しかしそれでも平然としているカガリは、俺と兵士達との中間の地点立ち止まった。そこで辺りを見回し、いつの間にか前方に並ぶように立っている三体のムラマサで目を止める。兵士達がギリギリここに踏みとどまっていられるのは、これがあるからに違いなかった。
「先輩が為になることを一つ教えてやる。モビルスーツの最大の弱点って何か分かるか」
「はっ……!?」
 兵士達はキョトンとして一瞬力を抜いた。それは俺も、そして見えないがムラマサの中のパイロット達も同じはずだ。カガリは手をズボンのポケットに入れながら話を続けた。
「それはな……中に人間が乗って操縦してるってことだよ!!イザーク!!」
 カガリはポケットから丸いものをいくつか取り出し、ムラマサに向かって投げつけた。名前を呼ばれた俺は言われた通り、目をつぶり耳を塞いだ。その瞬間、目の裏がまぶしいほどに光り、激しい音が耳に届く。それと同時に辺りから兵士達の悲鳴が聞こえてきた。俺が目を開けると、目や耳を押えて蹲っている兵士達の光景が広がっていた。俺があっけにとられていると、いきなり腕をつかまれて後ろに引っ張られた。
「ほれ、いくぞっ。対モビルスーツ用で超強力でもスタングレネードだから、すぐに復活するぞ」
 目の火花と耳鳴りに顔をしかめながら、腕を引っ張る隣の女の後ろを見ると、よろめきながらもこちらに銃を向けている兵士がちらほらといる。響き始めた銃声の中で、カガリは俺の腕を掴みながら、短い棒状の笛を口にくわえて走り出す。笛を鳴らしながら向かう先は……崖!?
「おいっ!!何処へ行く気だ!!!!」
「大丈夫だって、多分。じゃ、いくぞ」
 カガリはすばやく笛をポケットにしまうと、足を止めた俺を無理矢理引き摺り、そのまま石段を飛び降りるように……崖を飛び降りた。
「うわああぁあぁぁぁあああっ!!!!!!」

  
  
[to be continue...]