イザカガ妄想劇場ぱーと5


「赤い果実」


『…であった。私は疑問に感じ、彼らにこの畑はどんな作物を作っているのかと聞いてみた。すると族長の…』
「あああああっ!もういい!止まれ、止まれっ!」
 イザークは、自分の横にある自動音読機(※1)に向かって声をかけた。音読機は無機的に「停止します」と言った後、自身の電源を落とした。それを見ていたイザークは、イライラしながら窓の外を見た。けだるい昼下がりの午後。外で鳥がパタパタと元気よく羽ばたいている。下の中庭からは子供達の笑い声らしきものが響いてくる。
「…………ハァ、仕事がしたい……」
 イザークは昨日から入院していたが、体は元気なので暇でしようがなかった。家に帰らせてもらおうと思ったが、院長にも職場の同僚にも怒られてしまう始末。
「誰がお前の面倒をみるんだ!」
 正直、両手とも動かしにくいし無理に動かすとかなり痛い。かといって、アスハ家の連中には手伝ってもらいたくない。彼らは何でもかんでも雇い主に報告する。それを聞いたカガリがいちいち自分をからかいにくるのが目に見えている。その光景を想像してしまったイザークはますます不機嫌になり、前方に顔を向けてしかめっ面をした。

バターンっ!
イザーク!大丈夫…………っぷは〜っはっはっはっ」
 いきなり扉が開き、カガリが神妙な顔で部屋に入ってきた途端、爆笑した。
 イザークは両肘骨折をしており、両腕をギブスで固定されていた。そのギブスには「熱血馬鹿」だの「ムッツリスケベ」だの「ヘルメット頭」だのオカッパのイノシシが走って木にぶつかっているイラストだの色々な放送禁止用語など、悪戯書きが大量にされていた。腹をかかえて苦しそうにしているカガリを見て、イザークは顔を真っ赤にした。
「何しに来た!」
 怒鳴りつけるイザークに対しカガリが苦しそうにしながら言った。
「ハッハッ…な、何って見舞いついでに……お前を…からかいに……」
「帰れっ!」
 過去最高レベルで赤くなった顔と湯気が噴出しそうな頭を見て、カガリはさらに笑い出した。

 しばらく笑って気がすんだ次は異常にニコニコしているカガリに憮然としながらイザークは胡散臭そうに言った。
「何を笑っている……」
「いや、さっきここに来た帰りのお前の同僚にあってさ。お前が骨折した理由を聞いたんだが、それがおかしくってな」
「…………」
 イザークは顔をしかめた。余計なことを、とここに見舞いに来てくれた同僚達に向かって音の無い悪態をつく。それを面白そうに見ながらカガリが言った。
「お前、倒れてきた石像が壊れないように両手で受け止めたんだってな。受け止めたいいが勢いあまってコケた挙句、両肘が骨折だって?本当に民俗学馬鹿だな」
「う、ウルサイッ」
 イザークは思い出したくもない光景を脳裏に浮かべてしまった。


 あれは昨日の夕方。イザークは数人の同僚達とアカデミーの倉庫にいた。そこでは考古学の連中が発掘した調度品やら古くからこの土地に住んでいる先住民の血を引く人達から譲り受けた資料やらの多くを保管しており、イザーク達は新しく手に入った資料を整理してしまうために、仕分けの作業をしていた。
 作業に没頭していたイザークが手を休めて周りを見回したとき、奥の書庫に通じる扉の側に見慣れない大きな石像を発見した。
「おい。あれは何だ?昨日まではなかったが……」
 向かいに座っていた同僚は、顔を上げイザークが指差している方向を見てああ、とつぶやいた。
「確か教授が持ってきたものだよ。なんでもハウメア島に住む爺さんから借りてきたんだってさ。かなり貴重なものらしくて、昔この地方で行われていた祭りに使われていたものじゃないかって教授はにらんでた。ずっと交渉していたんだけど、持ち主がウンと言わなくてさ。それでも教授が何年間も毎日のように電話して、爺さんとうとう悲鳴上げて貸してくれたんだってさ」
「毎日……」
 イザークは自分の上司である民俗学の教授を思い浮かべた。「芋が食いたい」と勝手に隣の学部の花壇の花を抜いて畑を作ったり、新しい祭りの楽器が手に入ったといっては講義中にも関わらず中庭でカーニバルを始めたり、共同食堂の調理場で怪しげな香辛料を使って料理を作った為に建物中に異様な匂いが染み付き3日間建物が使用不可になるなど、意味不明の行動を繰り返し、あちこちで問題を起こしまくることが日常茶飯事だった。おかげでイザーク達は謝り歩くことが日課になってしまい、あの教授が次に何を起こすのか不安でたまらない日々を送っていた。(それにも関わらず、世界的に有名な現代民俗学の第一人者であることがアカデミー最高の謎であった)そんな教授に毎日ラブコールを送られでもしたら……
「……それは大変だな」
「うん。爺さん半分ノイローゼ状態になったらしい……教授、恐ろしい人だ」
 同僚全員が溜息をついた時、
バンッ!
という音と共に入り口から噂の人が入ってきた。いきなり入ってきたかと思うと、バタバタと大きな足音で倉庫中を歩き回る。その為部屋中の棚がガタガタ揺れており、慣れたとはいえ、初めの頃は物が落ちてくるのではないかと心配していたイザークだった。(過去に本当に物が落ちてきた為、先輩達が必至になって落下防止の対策を講じて、なんとか落ちなくなったらしい)グルグルと部屋の中を歩き回った後、教授はイザーク達に大きな声で聞いてきた。
「おいっ、例のアレは何処いった?」
「アレ……って、この間手に入れた『踊りの行動学・ブリッジで股の間から見る編』ですか?教授が仕舞っておけっていうから書庫の踊りの項目に置いておきましたが」
「ああそうか、早く言え」
 イザークにとって教授の発した言葉は意味不明だったが、長年教授と付き合っている先輩達は理解できるらしく、即座に答えを言った。教授は自分のことを棚にあげてさっさと奥を目指していった。イザークが作業に戻ろうとした瞬間、
バンッ!!
という音と共に教授が書庫へと入っていた。
 驚いたイザークが見ると同時に、勢いよく開けられた扉の側で石像がグラリと傾いた。その光景を見た瞬間、イザークは石像の元へと走り出し、両手を差し出した。


 …………そして今にいたる。石像を受け止めた後、自分では気丈に振舞ったつもりだったが、同僚達は全身から脂汗を出して真っ青になっていたと言っていた。教授もさすがにすまないと思っていたらしく、先ほどしおらしくお見舞いの定番、フルーツバスケットを持ってきた。しかし、ベットで寝ていたイザークの格好を見た瞬間、爆笑し、イザークのギブスに落書きをしていった。同僚達も『可哀想に』という顔をしながらもノリノリで落書きに便乗していた辺り教授と同類である。両腕が思うように動かなかった為に簡単に押さえつけられ、落書きが増えていく屈辱的な光景を眺めているしかなかったイザークは、思い出した後、顔が真っ赤になっていた。
 悔しげに睨んでいるイザークの視線を追っていったカガリは、やっとフルーツバスケットの存在に気づいたらしい。ベットの横に移動するとかごの中を覗き込んだ。
「あ、うまそうなリンゴが入ってるな。一つもらい」
 イザークの了承も得ぬまま手に取り、服で拭いた後食べながらそのまま椅子に座るカガリに対して、怒りの収まらぬイザークは矛先を向けていった。
「お前!もらった俺がまだ1つも食べていないのに勝手に食べるなっ!」
「えーっ、でもお前嫌そうな顔してたじゃないか。果物嫌いだから食べないんだろ?」
「いつも目の前でデザート食べているだろうがっ!第一こんな腕で食べられるかっ!」
 ギャアギャアと喚くイザークに対して、リンゴをかじりながらしかめっ面になるカガリ
「う〜わかったわかった、このリンゴが食べたいんだろ。ほら」
 カガリはかじっていたリンゴをイザークの口の側に持っていった。一瞬呆気に取られたイザークは怒りとは別の理由で顔を赤くしていく。
「淑女が食べさしを男に差し出すなああぁぁっ!はしたないっ!」
 いつもの絶叫小言が始まったと顔をしかめるカガリは差し出したリンゴを再びかじりながらイザークを横目で見る。
「お前いっつもそれだなぁ。怪我しても全然変わらないじゃないか。お前は私の母親か」
「うるさいっ!お前も女なら女らしく皮を剥いて食べろ!」
「わかったわかった、リンゴを切ればいいんだろ、切れば」
 カガリはいつの間にかリンゴを食べ終わり、かごからとリンゴを1つ取り出した。側にあったナイフを使って見事な動きで切っていき、あっというまにリンゴのウサギを8個生み出した。皿にのせたリンゴをフォークで突き刺して、イザークの口元へと持っていく。
「ほら、口を開けろ」
「なっ…………」
 イザークは顔をますます赤くしながら、絶句し口をつむいだ。それに対してカガリは眉をしかめる。
「……おいっ、お前が両手が使えないだのリンゴを剥けだのいったんだぞ。私の苦労を無駄にする気か?」
(たしかにコイツの言うとおりだ……ここでリンゴを断れば男としておかしい……いや、でも女性の手から食べるなど硬派の俺らしくない……だがそもそもこいつは女性のカテゴリーに入れてもいいのだろうか……しかし生物学的には女であることには間違いないし昔から女性には親切にしろと言われて……それでも、それでも俺は……)
 他人が聞いたら呆れるようなことを延々と考えているイザークを見ていたカガリは、初めはおとなしく待っていたが10秒目で手が震え始め、20秒目で足も震え始め、30秒目でとうとう切れた。
「だあああぁぁぁぁ!男なら、四の五の言わず食べやがれーーー!」
 未だ悩みモードだったイザークの口に左手の人差し指と中指を突っ込み、常人では考えられない力で歯をこじ開け、右手でリンゴ付きフォークを口の奥へと押し込んだ。
「ぐっ……」
 いきなり口の中に物を突っ込まれ、むせそうになりながらも必至にこらえたイザークは、少しだけひんやりとしたリンゴを軽くかんでみた。甘酸っぱい香と味が口にじわりと広がっていく。
「…………うまい」
「だろ?」
 切っただけなのだが、まるで自分が作ったかのように偉そうにするカガリを見て、イザークは何だかうれしくなった。
「……もう一切れもらえるか」
「いいとも」


 その頃扉を薄く開けて病室を覗いている人影が2つ。キラとラクスだった。
「あらあらとても仲のよいお二人ですわ」
カガリったら昨日イザークさんのこと知った後、すごい勢いで仕事片付けてこの島に帰ってきたらしいよ」
「まぁ、そうでしたの。わたくし、今日カガリさんにお電話をいただいて、イザークさんの好きそうな花を持ってきてくれって頼まれましたの。イザークさんは意外とそういうの好きだからとおっしゃって」
 ラクスは、庭に植えられていた様々な花々をかかえきれないくらい持っていた。
「僕は昨日から何回もこの部屋に来てるんだ。イザークのための本を用意しろだの、イザークの具合はどうだのって、カガリからしょっちゅう電話かかってくるから。何度も全治2週間だっていってるのにさ」
「あらあらあらあら本当に仲がよろしいですわ。アスランもお仕事でお出かけしていなければお仲間に入れたのに」
 花に顔を沈めて首をかしげるラクスを見て、キラは一言だけ言った。
「…………言わないであげて。イザークさんの治り遅くなるから」


 その後、オーブに帰ってきたアスランが話を聞き、イザークの見舞いにやって一揉め起こすことや、怒ったイザークアスランを追い出そうとしてベットから落ち入院が1週間長引いたことはまた別の話。




※1「自動音読機」
機械の中に本を入れると、本をスキャンして中に書かれている文字情報を正確に読み取り、音読してくれる機械。何パターンもの音声登録をしており、ナレーション、登場人物によって声を変えてくれる。