イザカガ妄想劇場ぱーと6

  

『SENSE SHOCK!』

  
  
 それは久しぶりの休日の出来事。朝目覚めた俺は、クローゼットを開けてどの服を着ようか迷っていた。普段は埃にまみれたり、肉体労働をすることがしばしばあるため、動きやすい服を選んできている。それらはプラントにいた時、ディアッカの買い物に無理やり付き合わされて無理やり買わされたものであり、それほど多く持ってはいなかった。ここ数日、派手に服が汚れることが多く、シンプルな服は1つも洗濯から帰ってきていない。そのため、クローゼットの中には実家から持ってきた服しか残っていなかった。そうだな、今日はこれを着るか。
  
  
  
イザークか、おは…………わはははははははははははははっ!」
 ダイニングで新聞を読んでいたカガリは、俺を見るなり激しく笑い出した。理由は分からないが、笑われているという行為に、怒りで徐々に顔が熱くなっていくのが分かる。
「何がおかしい!!」
「何…が…って、クククク、その…く…いつ…じ…いの………ハハハハハッ、ク、苦しいっ」
 涙目で、腹を抱えながら笑い続けるカガリを睨みつけるが効果はなく、俺は憮然としながらドスンと向かいの椅子に座った。その側にメイドがやってくる。
イザーク様、今日の朝食………プ」
 メイドは俺を見るなり、口を押さえてジリジリと後ろに下がり、駆け足で扉の向こうへ行った。姿が見えなくなった途端、メイドの押さえた笑い声が聞こえてくる。
「何なんだっ!俺の何処がおかしいのか答えろっ!」
 顔がさらに熱くなり、歯軋りしながら俺はカガリを睨む。怒りでこめかみ周辺も熱で痛み出す。後2、3人に笑われたら血管が切れるかもしれない。
「ハハハハ……ハァ、ハァ、ハァ…お前、服がおかしいんだよ」
 落ち着いてきたのか、カガリはやっと爆笑の理由を答える。思いもしなかった理由で少し拍子抜けする。俺はしかめっ面をしながらも、自分の服を見回してみる。ボタンの掛け違いもないし、裾のほつれもない。破れてもシミもない。コーディネートも家でいつも着ていた組み合わせだ。
「…………どこがおかしい」
「どこって……襟も袖もフリフリピンクレースなシルクのブラウス、しかもレースリボン付きなんだぞっ?」
 本気で何処がおかしいのか分からない俺に、カガリは不思議そうな顔をする。
「それがどうしたんだ。普通だろうが」
「……本当にそう思っているのか?」
「プラントではいつも、休日はこの格好で過ごしていたがこんなに腹立たしい思いをしたことはないっ」
 昔、母上が似合うと言って下さった服と同じ形だ。正直、服を買いに行くのは面倒だったので、いつも同じ店で同じものを頼んでいたが、おかしいはずがない。
「…………いつも?街中でもその格好か?」
「?ああ」
 買い物などはいつも家の者に頼んではいたが、専門書など、専門的なものは自分で買いにでることもあった。同じような格好で街中を歩いていたが、笑われるようなことなど一度もなかった。少し自意識過剰だとは思うが、皆、俺の方を見た瞬間、足を止めて見とれていたくらいだ。そう言った瞬間、カガリが再び笑い出した。
「アハハハハハハ、そ、それは、みんな、ククク、お、どろいて、ハハハハハハハッ」
「だから何がおかしいっ!」
「お……おかし……い、セ、ンス、おかし…すぎ……ハハハッ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 再び頭に血が上ってくるのが分かる。にもかかわらず、目の前ではカガリが激しく笑った。
 しばらく笑った後、カガリは涙目でこちらに顔を向けた。
「ククク、イザーク、お前今日暇か?」
  
  
  
 何故俺は此処にいるんだ。今日は確か部屋でのんびりと本を読んで1日をすごそうと思っていたはずだ。本当の俺なら、カガリには骨董品とは言われても大切にしている蓄音機でレコードを聴きながら、誰にも邪魔されず、知的世界にドップリとはまっているはずだ。あの問題発生器の教授にも爆走猪娘の大家とも関わりにならず、独りですさまじく貴重な時間をすごしているはずなんだ!なのに何故、こんな人通りの多い場所に俺は立たされているんだーーーー!!!!
 昼過ぎ、土曜の蚤の市の開かれている広場の真ん中にある、小さな時計塔の側に俺はポツンと立っていた。人でギュウギュウになっている道を苦労しながら通ってここまで来たのに、未だその苦労の原因を作った人間はやってこない。待ち合わせからすでに30分は過ぎている。さっきから、待ち合わせのカップルが行ったり来たりイチャイチャとしながら横を通り過ぎている。俺がいるのにも関わらず、何度も目の前で過剰なスキンシップをしおって!今時の若者の倫理観に腹が立つ!
 ふと、少し離れた場所に初老の男性が座っている。暇つぶしに話かけてみるか、と思った瞬間、男性に向かって派手なメイク・服が露出部分より少ない服装の20代前半ほどの女性が駆け寄ってきた。娘さんか、親子水入らずの時間を邪魔しては駄目…………はあぁあ!?女性が男性に抱きついたかと思うと2人は濃厚なディープキスを始めた。30秒はたっぷりと口付けた後、女性は男性の腕に捕まり、2人は蚤の市へと姿を消していった。俺はその間ガッチリと固まり、2人が消えた後金縛りが解けた後、頭を抱えしゃがみこんだ。こ、この国は老若男女関係なく、思考がただれている……不潔だーーーーーッ!!!!!!
  
「お、おい。大丈夫か?」
 しばらくしゃがみこんでいると、頭の上から女性の声が聞こえてきた。この声は…………俺の待ち人だーーーーっ!!!!
カガリーーーッ!貴様よくも俺をこんな場所…………に?」
 勢いよく立ち上がって顔を上げた俺の前には、淡いピンクのキャミワンピース、同じ色のつばの広い帽子、すらりと伸びた素足に小さな花飾りをあしらった白いミュール姿の、長い金髪の女性が立っていた。
「……………………誰だ?」
 その瞬間、俺の腹に右ストレートが飛んできた。それは強烈にヒットし、俺は再びうずくまる羽目になった。
「グオオオオォォォ……」
「人がわざわざ着慣れない服を着てるだけで、誰だとは何だ!」
「へ……へんそう?」
 やはり声はカガリだ。うずくまりながらも顔を恐る恐る上げてみると、女性らしい格好をしてはいるが、胸の前で腕を組みながら、印象的な金色の瞳を吊り上げて真っ赤にしている顔は、まさしくカガリだった。
「…………なんで髪が伸びているんだ」
 腹をさすりながら、なんとか立ち上がるとカガリはまだ怒りながら俺の顔を睨みつけた。
「これはカツラだ!一応これでもここの代表なんだからな!」
 そういえば、この間テレビに出ていたな。その時も、いつもの制服に短い髪という、色気が無い格好だったため、周りは誰1人、ここに国家代表がいることに気づいていない。俺はカガリをジッと見てみた。何だかいつものカガリとは違うみたいだ…………外だけは。
「な……なんだよ。そんなに変か?」
 俺がジッと見たために、居心地が悪かったのか、カガリがためらいがちに聞いてきた。姿は非常に女性らしいのだが、先ほどの行動を思い浮かべてしまったため、ついポロリと口が滑ってしまい、
「………馬子にも衣しょ」
と答えた俺に、再び鉄拳が飛んできたのは想像に付く結果だ。
  
「しかしちゃんと服着替えてきたんだな。ウンウン」
 額を擦る俺を、カガリは頭から爪先までジロジロと見ながらいった。今の俺の格好は……ピンクとオレンジとエメラルドグリーンの柄が入ったツナギ服だ。しかもちょっとサイズが大きく、袖も裾も折っている。この国に来た時、上司の大学教授が自分のお古を無理やり俺に着せて以来、俺の作業着になっているものだ。派手な色使いが少々俺の好みには合わず、普段はクローゼットの奥に封印しているのだが、まったく着ないと教授が拗ねて鬱陶しい。そのため、この間大掛かりな作業をするときにこれを着ていたら、偶然カガリに発見され、爆笑された記憶がある。それ以来、1回も着ていなかったのに、カガリはシッカリと覚えており、此処での待ち合わせの格好に指定してきたのだ。
「お前のせいで、ここに来るまでにジロジロ見られたぞ!」
 あの人々が通りすがりにジロジロ見た後、フッと『お前、似合ってねぇなぁ』と哀れみを浮かべた表情を思い出し、俺は再び顔が熱くなっていくのが分かる。いわれのない罰ゲームだ。しかしそんな俺を見ても、カガリはキョトンとしていた。
「じゃあお前、ここに来るまでに笑われたのか?」
 嫌々だが脳に先ほど浮かべた記憶を再生してみた。
「…………いいや」
「ビックリして立ち止まっている奴とかはいたか?」
「いいや」
「だろ」
 ほれみろ、という表情を浮かべ、胸をフンとそる。………なんだか、ちょっと腹が立つ。
「お前なぁ、服の時代が200年くらいずれているんだよ。だから皆笑うんだぞ」
「…………でも社交界ではああいう服を皆着ていた」
社交界はな。あの世界はシステム自体がお前のセンスと同じくらいずれているんだよ。だけどあそこにたむろっているヤツでも、普段からあんな服着ているわけじゃないんだぞ」
「そうなのか!?」
スカンジナビアの末息子はこの間のお忍び視察で流行ブランドのTシャツを着ていたし、赤道連合大統領の馬鹿息子なんか、大学の授業抜け出して全身パンクルック姿でライブに出ようとしたことあったんだぞ」
 初めて知ったぞ、そんなこと。確かにジュールはプラント内でもかなり由緒正しい家柄で、他の家とそれほど付き合いはなかったので、皆が普段どのような服を着ているかなど知るわけがない。だが、家の者は皆『由緒正しい者にふさわしい服装だ』と褒めちぎっていたのに。
 自分の感覚がずれている事に愕然としている俺を見て、カガリは哀れみの表情を俺に向けた。
「お前、友達少なかったんだろ。じゃなきゃあんな小公子みたいな服着てないもんな」
「ウルサイッ!!!!」
「まあ、今ならディアッカアスランもいるし、大学にも友達いるんだろ。教えてもらえばいいじゃないか」
「ウ〜〜」
 全体が熱くなっている俺の頭にカガリは手をのせ、ヨシヨシと撫でてくる。それが癪に障りつつもしばらく続けられると、少し落ち着いてきた。落ち着いてきたら、ふとある疑問が浮んでくる。
「おい、護衛はどうした」
「ん、撒いてきた」
 俺が落ち着いてきたことを悟ったカガリは、頭から手を離し、キョトンとしながら答えた。
「撒いてきたあぁ!?」
「だってさ、折角午後から休暇なのに、その場所は危険だの、買い食いは危ないだの、グチグチ言ってくるんだぞ。うるさくってさ」
 それが仕事だろうが。今頃、新しい護衛係は必至の形相で館に向かって走っているだろう。
「お、お前な!自分がどれだけ危険か」
「大丈夫だって。だって、お前強いだろ」
「当たり前だ!」
「じゃあ、キチンと家主を守れよ」
 しまった!また反省させることが出来なかった!クッ……つい売り言葉を買ってしまった。そんな俺を見て、カガリはニヤリと笑う。どんなに小奇麗な格好をしても台無しな表情だ。
 俺がため息をついてしばらく悔やんでいると、カガリは俺の手をにぎり、人ごみの中に歩き出した。
「お、おいっ。どうした急に」
「いつまでもここにいても時間がもったいないだけだろ。今日はお前の服を買いに着たんだぞ」
「そうなのか!!!?」
「言ってなかったっけ?」
 …………初耳だ。こいつはいつもそうだ。思い立つとすぐに行動するくせに、説明不足で俺をワタワタさせるのだ。そしていつも俺の様子を見て、
「スマンスマン。でもいいだろ?やっと蚤の市と休暇があったし、お前とも一緒に来てみたかったしな」
と、笑うのだ。それを見ると、つい許してしまうのもいつものことだ。俺はため息を1つついて、いつもの台詞を言う。
「今度はちゃんと言え」
「ああ」
 俺は人ごみではぐれないようにカガリの手を握り返し、衣料品の店が多く並ぶ路地を目指して歩き出した。
  
  
  
 その後、家に帰った俺の部屋のクローゼットには、何故か普段着ている動きやすい服装と対して変わらないシンプルなデザインの服が増えた。カガリ曰く、「なんで何を着せても似合わないんだよ!このカッパ!」だそうだ。
 ほっとけ!!!!!!