SEED SAGA LINKAGE PHASE-01-13

  
  
「……はぁ」
 俺は壁の側で溜息をついていた。
 本日は二十四日。ここはイザナミシティのクリスマスパーティの会場だ。
 着てきたスーツは今日中にクリーニングが仕上がるはずもなく、仕方なく新しい黒のスーツを買って着ている。(本当はキラが貸すと言ったのだが、サイズが合わず今日慌てて購入したのだ。昨日服を借りたとき、ズボンの裾が足りなかったのを見て、キラが少なからずショックを受けていることは分かった。しかし……誰も緑のスーツを着ていないのは何故だろう?)
 ちなみに溜息の原因はスーツではない。アスランのプレゼントだ。朝、カガリに渡そうとしたら、とっくに島を出ていた。何でも、昨日一旦帰ったマーナ殿が、日の出と共にやってきて連行していったらしい。色々忙しい上に病院へも一度寄るためという理由らしいが、本音はまた逃げられたらかなわないというものだろう。
 (ちなみに俺もここへ来る前、病院へとよった。驚いたことに、レントゲン写真にはヒビがほとんど写っていなかった。むしろ擦り傷のほうが治りが遅いくらいだ。これほど高等な医術は、プラントにすらない。いかにオーブが驚異的な技術を持っているのか分かる出来事だった)
 当然プレゼントは俺が持っている。今も会場のクロークに預けたままだ。これを早く手渡さないことには、生きた心地がしない。しかし……今日、近づけるだろうか。
 辺りは殺気に満ち溢れていた。俺はこちらとは反対の壁側に目をやる。そこには異常なほど、二十前後の男が集まっていた。その中心から、チラチラと緑色のドレスが見え隠れしている。その光景を見て、俺は再び溜息をついた。
  
 二時間ほど前。主催者であるキオウ氏の挨拶が始まる頃、カガリは会場へと現れた。緑の薄絹のワンピースドレスに、オレンジの花飾りという姿は、まるでそれこそ正しい姿であるかのように、よく似合っていた。多くの者が賛美の溜息をつき、目を離せず、しかし触れるにはどこか近寄りがたい、そういうイメージを抱かせる。俺が見慣れたコーディネーターとは違うもの、そう例えるなら、野生の動物の持つ美しさに似ているような気がする。SPと思われる黒服の男が彼女の前後に立ち、誘導される様も実に板についていた。
 主催者が乾杯の音頭を取った後、俺が彼女に近づこうとした瞬間、同僚(今回だけだが)の派遣員に突き飛ばされた。立ち上がろうとすると、今度はスカンジナビア王国の貴族に蹴飛ばされた。再び立ち上がろうとしたとき、どんどん膨らんでいる輪の中心にいるカガリと目があった。カガリはすまなさそうな顔をしたが、オーブ議会員の男性に話し掛けられ、こちらから目を離した。その瞬間、俺の顔面に輪から飛び出てきた赤道連合の外交官の肘が当たった。
  
 そんなこんなで、俺がカガリに近づくことなどできず、通常の業務である各国の代表と挨拶や情報交換などを軽く交わし、とりあえず一息ついたところだ。相変わらず、彼女の周りには男が群がっている。同僚達も初めは『色気がない』だの『ナチュラルだから』だの馬鹿にしていたのだが、彼女のドレス姿を見た後、ものの見事に豹変した。……中身を知らないって恐ろしい。
 しかし……どうやってプレゼントを手渡すべきか。ここで手渡せるのであれば一番楽なのだが、会場への荷物の貴重品以外の荷物の持ち込みは原則禁止(するには許可がいる)だし、例え持ち込めたとしてもあの様子ではまず渡せないし、渡せたとしても取り巻きに壊されそうだ。ということは、外で渡すしかないのだが……パーティ会場付近ではまずいな。マスコミなどに嗅ぎ付けられて、ニュースに『プラント派遣員、元代表に抜け駆けプレゼント』なんて見出しで出てみろ、俺はアスランに刺される。
 だが、俺達は明日の昼には本国へ帰還する。今回のパーティでの各国代表との接触やオーブの対応の報告をしなければならないからだ。(しかし実際にはお見合いでカガリの感触はどうだという報告だと思うと辟易するのだが)だからそれまでに接触し、あの忌まわしい箱を渡さなくてはならない。そのためには、どうにかしてカガリ接触をしなくては。
  
 俺が悩みたくもない内容で悩んでいるとき、取り巻きの中からざわめきが聞こえてきた。
「どうしたんですか!」
「大丈夫ですか?」
「早くお休みになったほうがいい」
「どいてくださいっ!」
 鉄壁に思えた人壁の輪が真っ二つに割れた。そこから黒服の男にささえられたカガリが出てくる。顔は青く、口を抑えながらフラフラと歩くその足取りは危うい。カガリ達の前で人ごみを掻き分けているもう一人の黒服の男は、出入り口に立つ係員に目で合図をする。係員が側のボーイに指示を与えると、ボーイは出入り口の横の通路に向って走っていく。するとすぐに、カガリが乗ってきた車が急停止で止まる。ボーイが後部座席を開けて待っている。
 カガリ達はゆっくりと出入り口へ向い、車に乗って去っていった。
 そのとき、キオウ氏が壇上に立った。
「皆様、アスハ前代表は、体調が優れないとの理由で退席なされましたが、レセプションは予定通り深夜まで執り行います。お気になさず、お楽しみください」
 確かに顔色が悪かったな……まあ、あんなにもみくちゃにされては疲れもするだろう。しかし気にするな、と言われても無理だろう。影の主賓がいなくなってはパーティの今回の本当の目的が台無しだ。俺はグラスを傾けながら、前であせったようにつるんでいる男どもの会話に耳をすました。
「……俺、あまり話せなかった」
「馬っ鹿だなぁ、俺なんかアドレス入りの名詞まで渡したぞ」
「渡しただけでは駄目だろうが。もらわなきゃ。勝手に回線つないだら、ストーカーじゃないか」
「じゃあお前、もらえたのか?」
「……いや」
「カーッ、ガード固そうだよなぁ。まぁ、初めは期待してなかったけどさ」
「そうだよなぁ……でも、生で見ると引き付けられるよなぁ」
「クーッ、なんか、こっちが食うっていうより食われてーって感じ?」
 ……なんだ?このはしたない会話はーーーっ!!
 まるでディアッカのナンパではないかっ。この軟弱者どもがっ!!
 第一、女性に愛をささやくには、真摯な気持ちで、まず文通や回線越しでの会話からと相場が決まっているっ!清く正しく美しい付き合いを重ねた後、まぁなんだゴニョゴニョ……なことを、相手の同意をもって結婚を前提にすることだろうがっ。
 それを、まだ相手に自分のことを知ってももらっていないくせに、く、食うだの食われるだの、し、信じられんっ!
 俺は顔が怒りと羞恥で熱くなっていくことが分かりつつ、グラスを握り締めた。パキ、という音と共に、横から中の液体が流れだし、手が濡れる。
「ひっ」
 前方斜めを見ると、ボーイが顔を青くしながらこちらを凝視している。俺がじっと見つめていると、肩を揺らす。
「す、スミマセン。しょ、少々お、お待ちくださいぃぃっ」
 飛ぶように去っていき、飛ぶように帰ってきて、俺の手をナプキンで拭いた後、新しくグラスを手に握らせ、また飛ぶように去っていった。
 ……一体何があったというのか。
 その間にも、あのふしだらな軟弱どもの会話は続いていた。
「しかしなぁ、俺、明後日には国へ返らないといけないんだけど」
「俺だって四・五日ここへいるからといって、暇な訳じゃないんだぞ。一応外交官としての仕事が山ほどあるんだから」
「いいじゃねーか……お前ら。俺なんか明日、今度はシカゴへ出張なんだぞ……」
「じゃあ、やっぱり今日中にリアクションしとかなきゃいけなかったんじゃないの?」
「だな。今夜はこの山向こうの、キオウ氏の別荘に止まるらしいけど、明日からはスケジュールビッチリだとさ」
「もう、夜這いでもかけるしかないんじゃねーの?」
「ハハハ、監獄に差し入れしてやるぞー」
「…………お前ら〜」
 その後も聞くに堪えない会話が延々と続いている。俺は苛立ち紛れに、グラスの中身を飲み干した。……、グッ。の、喉が焼ける。これは、ウォッカではないか!俺はかなり離れた場所に歩いていた、先ほどのボーイを睨みつけた。その瞬間、ボーイは飛び上がった。
  
  
[to be continue...]