西暦2025年1月、日本。国立宇宙科学大学南鳥島研究所。大きな部屋の中に前方の壁にある大型スクリーンを筆頭に何百というディスプレイが並び、そのそれぞれが別々の情報を映し出している。ディスプレイの間をぬって多くの人が行き来したり、映し出される情報を監視したりしている。人工衛星の状態を映し出しているディスプレイの横に20代後半の男性が立っている。後ろにあるドアが開いたことにも気づかず、真剣な眼差しで、ディスプレイの前に座っている女性から報告を受けている。


「わっ!」
 1人の男が、男性の後ろにそろりと近づいたかと思うと、突然男性の背後で声をかけ、背中をドンと押した。男性はなんとか踏ん張って前に倒れないことに成功した後、振り返りながら男を睨みつける。
「悪戯が過ぎるぞ、明日羽」
 明日羽と呼ばれた男は、睨みつけられると同時に小さな紙袋を持った手で十字を作りながら防御姿勢に入ったが、目の前の男性が何もしてこないと分かると構えをとき、ため息を大げさについた。
「あ〜あ、紗珀殿は相変わらずノリが悪うございます」
「ノリで生きていけるか」
 紗珀と呼ばれた男性は、ディスプレイに背を向け、硬い表情のまま明日羽と向かい合った。睨みつけているようで、実はこれが普通の表情だと知っているため、能面だ、と思いながら明日羽は軽いノリで話し続ける。
「友達なくすぞ〜……て、お前の友達俺だけか」
「構わん。無償で近づいてくる奴などお前だけだ。それより学会はどうだった」
 明日羽は紙袋を紗珀の目の前に差し出した。
「ほい、お土産のハワイコナ。っていうかさ、データ送ったろ。あの変なヤツ」
 紗珀はため息をつきながら、紙袋を受け取る。
「それは分かっている。他に何か情報はなかったかと聞いている。どうせ帰国が遅れた理由も、他の連中とつるんでいたからだろう」
 それを聞いた明日羽、顔を暗くしながら、訪米中に沸き起こった嫌な気分が甦る。
「まぁね。キムとはあんまり話せなかったけど。エイブは宇宙ロケットどころか、隣の国行きのミサイル開発に回されそうだってさ。欧米はキャリーの様子を見ていると、不況と貧困と民族問題が一気にきたっぽい」
 明日羽は、同じ口調ながら、声に苦々しさが含まれていることに気づき、自分はまだポーカーフェイスがうまくないな、と紗珀を見ながら内心苦笑する。
「ということは木星開発は一時中止か」
「多分ね。しばらくは、有人飛行済みの火星までじゃね?まあ、それもいつ止まるか分かんないけど」
「そうか」
「で、お前の親父さんはどう動くかねぇ」
 一瞬、紗珀の瞳の奥が揺れる。すぐに何事もなかったように紙袋をデスクの上に置く様子を見て、こいつも肝心なところでヘタクソだよな、と明日羽は思った。
「知らん」
「一応息子だろー、親父さんと仲、激悪だけど」
「曙光(しょこう)重工は妹がつぐんだ。悪事をばらされたくなければ資金提供をしろと言った奴に、情報が来る訳がないだろう」
「でもアンナちゃんは感謝してたぜ?お前が動いてくれなかったら日本にこれなかったって」
 今度は被害が大きかったのか、紗珀の動作が一瞬止まる。視点を下に向けて一拍間をおいた後、明日羽のほうを向く。
「……だから余計にあいつとは関われん」
「まぁ、いいけど。そして最重要事項は愛しのカイは元気だったということかな」
「お前のノロケなどどうでもいい。今回のアレについては特になかったのか」
 いつものように眼だけで『話を進めろ』と言ってくる紗珀に対して、明日羽は両手を上に広げながらひらひらとふる。
「ナッシング。そりゃ、最新型の望遠鏡にして初めて分かったことなんだから。さすが今は世界一の『みょうじょう』って感じ?」
「そうか」
 興味を失ったのか、再びディスプレイに眼を向ける相棒に対して、もうちょっとコミュニケーションを取れ、と呆れながらも明日羽は情報収集をすることにした。
「何してんの、サツキちゃん?」
「『さんこう』動作変更の確認及びレーダー反射波の到着待ちです」
 先ほどから、側で会話している2人を尻目に黙々と作業していた女性が返答した内容に、明日羽は眉をひそめる。
「もしかして、勝手なことした?」
 視線だけ向けてくる紗珀の無言は、それが肯定であることを示しており、明日羽は頭を抱えた。
「ヤバいでしょ、一応あれは国の人工衛星なんだからさ」
「無断で一時停止している。だがお前が発見した『アレ』の隠匿命令に比べれば安いものだろう」
「俺に説明しろってことですか……やった後で」
「今の所、お前の影響力が政府に対して1番大きい。このプロジェクトの根源はアレなんだからな」
 相棒の無茶苦茶だが的確な言い分に、抱えていた手で頭をかきむしりながら、うなった後、なんとか気持ちを落ち着けて立ち上がる。無茶苦茶な奴ではあるが、馬鹿な奴ではないのだ。
「……で、何する気ですかー」
「お前の送ってきたデータの確認をする」
 意外な答えが返って来たため、明日羽は一瞬きょとんとした。
「何で?望遠鏡の連中に任せとけばいいじゃん」
「嫌な予感がする。あの影、大きくなっているな」
「そうだよ。チビッとずつだけど……まっさかー」
 突拍子もない想像が頭を掠める。それを読み取ったのか、紗珀は真剣な視線を向けてくる。
「可能性がない訳ではない。しかも、こちらの進行方向から来ている。真っ直ぐにな」
「でも近場の小惑星の可能性は……ないか。大抵見つけてるもんな」
 知りたくなかったこんな可能性、と頭が痛くなってきた明日羽は再び頭を抱えた。
「どちらにしろ、進行方向にある障害物であることには間違いない。大幅な予定変更は決定だ」
「……いつ送ったんだ?」
 現段階の情報を知らなければ、動きようがない。反射波が未だ届いていないということは、距離もまだ測定できていないのだ。
「お前の連絡があった日だ」
 淡々と紗珀が語る言葉にギョッとする。
「って1週間前じゃん!?もしかして……滅茶大きい!?」
「地球の写真に写るくらいだからな」
「っく〜、お前の嫌な予感は当たるんだよ」
 このまま寝込んでしまってハワイで長期療養したい、と明日羽が本気で思いだした矢先、目の前のディスプレイから電子音が響く。
「チーフ。反射波到着始めました」
 サツキが紗珀に視線を向けて報告する。
「来たか。解析後、全データを前に映せ」
「了解」
 一瞬か何時間もたったのか分からなくなるほどの緊張が、部屋の中を支配した。
「解析終了。表示します」
「外れろ〜外れろ……………………っておい」
 スクリーンに映し出された内容を確認した瞬間、部屋全体が驚愕につつまれ、騒ぎ出した。常に能面顔の紗珀でさえ、今まで見たことも無い唖然とした顔をしている。
「……予想外だな、これは」
「どうやって説明するんだよ…………俺」
 その時明日羽が思い浮かべていたのは、日本政府ではなく、世界だった。



 この時、禁忌の箱が開いてしまったということを、誰も知ることは出来なかった。



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