SEED SAGA LINKAGE PHASE-01-3

 

 
イザークさん、いらっしゃいませ」
 ラクス様は美しく柔らかい微笑みをたたえて扉の前に佇んでいらっしゃた。
 ついこの間プラントでお目にかかったが、その時は良く言えば威厳ある、悪く言えば硬い表情でいらっしゃった。俺はいつもとは違う彼女に緊張し、挨拶もろくに出来ず居間へと通されることになった。そこにははしゃぐ子供達とソファーに座るマルキオ導師がいた。
「今お茶をお持ちしますわ」
「あ、ラクス。僕も手伝うよ」
 ラクス様とキラは早々に部屋を出て行く。その瞬間、俺のことを遠巻きに見ていた子供達がじわじわと近づいてきた。
「ねえ、おにいちゃん。イザークっていうの?」
 そわそわと、1人の少女が声をかけてくる。その可愛らしい仕草がなんともほほえましい。おそらくナチュラルである子供に対して、そのように感じるなど昔ではありえなかったことだ。
「そうだが。何か用か?」
 いつもより柔らかい声で(慣れていないのでどう聞こえるかは分からないのだが)答えてやる。
「河童って本当?」
 前言撤回。可愛くなどない。顔をしかめると少女が怯えた表情をした。俺はすぐに(努力して)元の顔に戻す。
「何故そんなことを言うんだ?」
 相手は子供だ。できるだけ優しく、優しくしなければ。と、心で繰り返してみる。するとそれを察知したのか、他の子供達も近寄ってきた。
カガリが前に持ってきてくれた本に書いてあったんだ」
「ハローウィンの参考にしろって言ってたよねー」
「ほら、これ」
 俺の目の前に出された本の題名は『図録・日本の妖怪大辞典』。カガリ・ユラ・アスハ、中々興味深い趣味をしている、じゃない!
「俺は河童などではないっ!」
 つい声を荒げていうが、すでに俺が怖くないと思ったのであろう子供達は怯えてなどくれなかった。
「でもカガリがこのページを開けて、『いつか銀色の河童が見られるぞ』って言ってたもん」
「そうだ!『実はイザークもそうだ』って言ってたぞ!」
 ……殴ってやりたい。いや、話を聞く限りカガリが1番の原因だ。この子供達に罪はない。そう思い、なけなしの忍耐を振り絞って我慢したが、子供の河童コールにとうとう爆発しそうになる寸前。
「よしなさい」
落ち着いた、しかし凛とした声が大きくも小さくもなく部屋に響く。その瞬間、子供達が一斉に静まる。
「お客様、ましてや貴方達の中には初めてあった人も多いでしょう。そのような方に失礼なことをいうものではありません。繋がった縁が切れてしまいます」
 そう淡々と語っているのはマルキオ導師だった。
 長いローブのような服をまとい、いつも眼を伏せている盲目の導師は、テレビの正面にあるソファーに座っている。彼の周りから、穏やか、そう穏やかで静かだが強大な力を秘めている波のようなものを感じる。
 子供達もそれを感じたのか、だんまりとしてしまう。
「さあ、ジュール殿にあやまりなさい」
 彼が穏やかな口調で諭すと、子供達が皆、俺のほうを向いた。
「ごめんなさい」
 一斉に口を開く。その変わりぶりに俺は少し驚いた。
「いや……悪いのはお前達ではない……」
 そう、本当に悪いのは、あのジャジャ馬である。いつか話をつけなくては。俺が怒っていないことが分かったのか、子供達は再び顔が明るくなっていった。
「じゃあ、じゃあ、向こうで積み木しよう」
「違うよ、サッカーだよ」
「本読んでー」
 ……もう元に戻っている。中には隣の部屋から、本や人形を手に持っている子供までいる。子供達の要求にもみくちゃにされて困っていると、
「さあさあ、皆さん。あちらにオヤツの用意ができましたよ」
 と、ラクス様が手にお盆を持ちながら部屋に入ってきた。彼女はソファーの前にあるテーブルの上に持っているものを置くと、お茶の用意を始めた。
「ほらほらあわてないで」
 キラが子供達を別の部屋に誘導しているようだが、オヤツと聞いた子供達は弾丸のように部屋を飛び出していき、まったく聞いていないようである。いきなり静かになる部屋。少し呆気に取られていると、ラクス様がクスクスと笑い出した。
「皆さん元気でしょう?毎日こうなんですよ」
「はぁ……」
「さあ、お茶の用意ができましたわ。いただきましょう」
 ラクス様はソファーに座ることを促した。上座には導師が座っているので、俺は窓側のソファーに座る。
 ……居心地が悪い。
 よく考えれば、導師もラクス様も独特のオーラを持っている。どちらも尊敬している方々だが、いや、それが余計に自分の凡人さを感じさせるのだろうか。俺は何を話していいのかすら分からず、目の前のカップに紅茶が注がれるのをじっと見ているしかできなかった。
「もう、参っちゃったよ。座るまで大騒ぎだから。食べ始めると静かだけどね」
 救世主が現れた、ではなく、キラが部屋に入ってきた。おかげで場が一気に和らぐ。普段は気に食わないが、今回は感謝したい。口には出さないが。俺はやっと、カップに口をつけた。
「キラもお茶はいかがですか」
「うん、いただくよ。そろそろニュースなんですけど、テレビ付けていいですか?」
 ラクス様からカップを受け取りながら、俺に聞いてくる。ニュースか。オーブのニュースはあまりみたことがない。あまり共通の話題も無いしテレビが付いているのは正直ありがたい。……下手に口を開いてラクス様の前で恥を掻くのも嫌だしな。
「ああ」
 俺がうなずくと、キラはテレビをつけた。
 
 女性キャスターが次々とニュースを読み上げている。
 ……やはり復興のニュースや外交問題などが多く、明るいニュースはない。今ここに映し出されている問題はデュランダル議長……いや、プラントが引き起こしたと言っても過言ではない。止められなかった罪悪感を少し感じながら俺はカップを傾けていた。
『……では、次のニュースです。明日24日の6時からイザナミシティにて行われるキオウ氏主宰のクリスマス・レセプション会場と中継が繋がっております。ハヤサカさん』
 俺が明日、出席するパーティ会場だ。課題を突きつけられているようで少々うんざりし、テレビから視線をはずすと、何故か今までのニュースより皆の表情が硬くなっていることに気づく。何かあるのか?俺は、視線をテレビに戻した。
 野外で鉄門の前に立つ女性アナウンサー。そして少し離れた場所に建っている豪華な西洋建築が映しだされている。
『はい、ハヤサカです。こちら、レセプション会場となる迎賓館前ではさきほどから頻繁に車の出入りが続いております。キオウ氏はカトリックということもあり、バチカンを中心とした欧米諸国と深い繋がりがあり、必然的にコーディネーターを多く輩出したこれらの国々とプラントとの仲介役として期待されております。しかし、今回のレセプションにはカコウ・キオウ氏が前当主カシン・キオウ氏の失策を挽回しなければならないという意味合いも含まれており、華やかな会場とは裏腹に各国の外交戦線が繰り広げられる緊迫した雰囲気になると予想されます』
 そうなのだ。パーティなど楽しめるものではない。
 俺は一時期、臨時の評議会議員をやっていたことがあるのだが、国内だろうが国外だろうが常に緊迫したムードが漂う、悲惨なものだった。会議中はもちろんのこと、食事や睡眠時間までいつ盗聴されているか分からず、ヒヤヒヤしたものだ。このようなパーティなど化けの皮の剥がし合いで、楽しめるはずがない。俺はそれが性に合わず、結局軍に戻ったのだ。
 ……なのにだ、アスランディアッカは元議員の俺のほうが怪しまれないからと、プレゼントを渡すという理由だけで俺をあの苦行の場へ行けと言う。やる気などないのに、失敗ができない。非常に苦痛だ。
 思考をめぐらせていた俺を現実に引き戻したのは、アナウンサーの口から出た、パーティ出席の原因だった。
『今回のレセプションは、今月初めに国家代表首長を辞任したカガリ・ユラ・アスハ氏も出席するということで注目を集めています。アスハ氏は辞任をなされた後、臨時代表として就任なされたホムラ代表への公務の引継ぎをしていましたが、表に出ることはありませんでした。今回の出席は、今後のアスハ氏の活動方針について何か提示されるのでは、という見方が出ています。以上、ハヤサカがお伝えいたしました』
『はい、ハヤサカさんありがとうございました。それでは次のニュースで……』
 そこで、キラが溜息を付きながらテレビを切った。先ほどよりも暗い表情でポツリと呟く。
「……カガリ、大丈夫かな。何だか、大変そうだ。今日の儀式も一体何をしているのか……」
「キラ……」
 ラクス様も少し悲しそうなお顔でキラの側へ移動された。だが、キラの表情は暗いまま、自分の手をギュッと握る。
「でも、僕達には辛い顔1つ見せてくれないんだ。……それが僕は辛い」
アスランが来て下さったら1番良かったのですけれど……」
「……うん、でも仕様が無いよね」
 ……俺は自分がここに来させられた理由を今知った。
 アスランが心配をかけたのではなく、カガリアスランが心配しているのだ。
 評議会議員ですらあの苦しみだ、国家代表ともなればその何倍の苦しみだろう。しかも代表であるにも関わらず国を空け、その間に国土を焼かれ、多くの民が死んでしまった。彼女が実質的に象徴としてのみ機能していたことや、仮にデュランダル議長の計画が成功していた時より被害が小さかったであろうことなど考慮の対象には上がらない。多大な損害を回避できなかったのだから。現に彼女を恨んでいる国民も少なくはないだろう。
 だが、それでもオーブという国そのものを恨む国民は少なく、前代表である彼女の今後の動向が気になるのは当然だろう。彼女にかかる重圧は大きい。少なからずともカガリに思いをよせているアスランが心配しないはずはない。
 だが、俺はそんな当たり前のことすら気づかなかった。ディアッカすら気づいたのに。
 今まで俺は彼女とあまり接したことがなかった、つまり身近ではなかった。ただ、アスランディアッカの話と、数えるほどすらない彼女との出会いが、あまりにも印象的で聞いている通りだったから『知っている』と思い込んでしまっただけなのだ。
 潔癖で真っ直ぐで熱血漢。元気で気さくでお人よし。そしてアスランの想い人。でも、これはそんな限られた情報から得ただけのものだった。いつもそうであるはずはないのだ。俺はなんとなく自分を馬鹿馬鹿しく思った。
「私達には彼女の全てを分かることなどできません。いえ、半分すら分からないでしょう。生まれながらに背負う星が誰よりもはるかに大きいのです。全体像を見ることすら難しい」
 今まで口を閉ざしていた導師が俺、そして彼女の双子であるキラに語りかけてきた。
「ですが、それでも彼女を見てあげましょう。例えそれが、虚しさを感じる行為であっても、彼女の内なる支えになるのですから」
 つまり俺だけではなく、間近にいる彼らですらカガリのことは分からないということだろう。それでも支えろ、か。難しいことを言うな。
「分かってはいるんですけどね……僕が今のカガリには何もしてあげられないって。見ていることしかできないんだって」
 フッと苦笑するキラの握り締めた手に、ラクス様がそっと手を添える。
「キラ……」
 無力感か……俺はそれ以前の問題だ。
 今の俺に出来ることと言えば……今回みたいにアスランの使い走りぐらいか?
 …………腹が立つ。何故俺がアイツの為に働いてやらなければならないのか。
 だが、カガリが苦しむと仲の良いラクス様が悲しむのは確かだ。アスランの為ではなく、ラクス様の要望に応えるためには、やはりカガリ・ユラ・アスハがどういう人か、ということを少しは知っていなければならないだろう。
 

 

[to be continue...]