SEED SAGA LINKAGE PHASE-01-14

  
  
「ハァハァハァハァ……何故だ……」
 俺は息を切らせながら、暗闇の中をひたすら歩いていた。
「何故俺は……また山を登っているんだ!」
 勢いよく呟いても(本当は絶叫したいのだが大声が出せない為、ストレスがたまる)、虚しさが広がっていくだけだった。
 ここはキオウ氏所有の山の中だった。山の内地側に迎賓館が、海岸側に倉庫街と専用の港がある。キオウ氏は元々この山で取れる植物から調合された薬の精製と売買を生業にしていたらしいが、現在は流通業の世界では三本の指に入る企業グループの会長兼筆頭株主だ。その港と迎賓館の間、ちょうど山頂にキオウ氏の別荘がある。
 つまりそこから導き出される答えは、俺は再び山登りをしているということだ!
 どう調べても、どう調整しても出発までにカガリと出会う確立はほぼ皆無だった。ならば、今、あいつが確実にいる別荘に行くしかない。……別によ、よ、よば、いに行くわわわ、訳ではないぞ!ク、クソーッ……あの、クソッタレの青デコッパチのせいで、なんで俺はまたスーツ姿で山を登らなければならんのだーっ!!
 ……ハァハァハァハァハァ。怒りすぎて、益々息が切れてきた。俺は暗闇の山道(ですらない)で立ち止まり、一息つくことにした。どうせ朝までに渡せばよいのだ。慣れない道を急いで歩く必要はなかろう。
 少し落ち着いた俺は辺りを見回した。明かりはない。夜目でなんとか歩いている状態だ。よって膝まで伸びた足元の草と二メートルほど先の木々ぐらいしか分からない。警備の厳しい表ではなく、裏から侵入(というしかない。完全にアポ無しだからな)しているのだ。明かりがある、例え少ない人通りでもまとも道を歩く訳にはいくまい。それに今の時世、VIPがいる場所に通じる道という道には認証確認システムが必ずあるものだ。通れる訳が無い。ということは、だ。逆にいえば通れる場所はまともな道ではない場所しかないのだ。しかも見つかってはいけない為、明かりも満足につけられない。よってライトは内ポケットの中に収まり、俺は知らない暗闇の山の中を延々と歩きつづける羽目にいたっているのだ。
 ……何故こんな目に!こんなことなら、失恋でアイツに呪われたり、ディアッカの嫌味三昧に付き合わされたほうがまだマシだ!あいつら……一生許さんからな!!
 頭は沸騰してきたが、体は楽になってきた。俺は再び歩き出した。
 と、その時。
 ザザザザザザ。
 という微かな音がこちらに近づいてきた。しかもかなり速い。一瞬見つかったのかと思ったが、それなら辺りはもっと騒がしくなっているはずだ。ということは……
(野生動物でも近づいてきているのか!?)
 熊や虎などの肉食獣だったら、いくら俺でも危ないのではないか!?
 そうこうするうちに、ソレは間近まできたようだ。いまさら逃げても、このスピードでは追いつかれるだけだ。覚悟を決めるしかない。
 俺は微かな抵抗として、迎え撃つ体制にする。
 そして、最後になるかもしれない絶叫を、腹のそこからぶちまけた。
アスラン……ディアッカ……永遠に許さんからなーーーーッ!!」
   
 その瞬間、木々の間から大きな影が飛び出した。その中に光り輝く金色の二つ目。
   
 俺は握り締めた腕を前に出す。
 それは影に当た……
   
 らず、影は俺の腕をつかみ、俺の進行方向とは逆、つまり海のほうに走り出した。
「は……?」
 俺は唖然としながら、間抜けな声を出した。頬にかなりの風を感じる。俺でもこれほど速くは無理だ、というスピードで俺の前の影はひたすら下っている。
「馬鹿か、お前っ。なんでこんな所にいるんだっ」
 どこかで聞いたことがある声が聞こえてくる。引っ張られている為、後姿しか見えないが、人であることは確かだ。しかも女。
「お前に言う必要はなかろう!」
 俺が叫ぶと、女は溜息を付く。
「あんなとこにいたら、お前、死ぬぞ」
 そう聞こえたとき、バキバキ、という音が右のほうから聞こえてきた。あちらは確か……裏道があるほうだ。
「チッ」
 女は体を斜め左に向けると、そちらの方に下り始めた。バキバキという音はどんどん近づいてきた。何か、大きな長いものが、俺達に向ってくる。女はいきなり、俺を体の横に引き寄せると、左手一本で俺を担ぎ上げた。
「おいっ」
「上げるぞ」
 女は俺の抗議の声すら聞かず、そう言った。すると、先ほどとは比べ物にもならないほどの風が頬を打つ。大きな黒い何かは、今にも俺達に触れようとしていたが、それを引き離し、高速で駆け下りていく。
 あっという間に、木々の間を通り抜け、気が付いたときには、前方に地面らしきものが見えた。
 女はそこすら風のように通り抜け……俺を下ろした。
「……たい!何をする!」
「囲まれた。用意がいいな」
 俺が女の顔を見上げた瞬間、辺りは光につつまれた。
 ライトに照らされた俺が感じたもの。海から聞こえる波音、背後の崖から吹き付ける風、バキバキという木々が倒れていく音、逃げ道を塞ぐ大型軍用車。そして、見知った顔。
  
 目の前にいたのは、俺が山登りをしていた原因。
 カガリ・ユラ・アスハだった。
  
「か、カガリ……か?」
 そう聞いてしまいたくなるほど、身にまとう空気はまるで別人のようだった。触れたら食いちぎられるような、そう、先ほどの男達が言っていた、『食べられる』、という言葉がピッタリと似合う、野性的なオーラを放っていた。ブカブカの黒いスーツを着ている彼女は、前方を見ていたが、俺が声をかけるとこちらを見て溜息をついた。
イザーク、お前なんであんな所にいたんだ?いくら山好きでも、時間を考えろよ」
「好きで登ってたのではないわぁ!」
 俺が絶叫すると、カガリは耳を塞いで明後日の方を見る。この腹が立つ態度、別人などではなく、間違いなくカガリ本人だ。
 ふとカガリは耳から手を離し、再び前方を睨みつける。カガリの目線の先は、俺達が通ってきた場所だった。そこの木々が倒されていき、大きな影が現れた。
「な、なんだあれは!?」
 それは黒い戦闘機のようで戦闘機ではなかった。なぜなら足と腕を生やしていたからだ。しかも木々を倒す音以外は、エンジン音すら聞こえない。よく見れば、ライトを積んだ軍用車の後ろには、同型のMSが二体もある。
「新型MAかっ」
「違う。新型だけどMSだ。」
 カガリは俺の目の前に手を差し出した。俺は唖然としながらもその手を取った。
「ムラサメの新型というべきかな」
 俺を立たせながら、カガリは目の前を睨みつけた。
「そうですね、叔父上。いや、ホムラ・ミラ・アスハ殿」
「正確にはムラサメがこのムラマサのプロトタイプなのだ」
 MSの後ろから、一人の中年の男が出てきた。最近、プラントのTVでも良く見かける顔、ホムラ・ミラ・アスハだ。
「やはり思い出しているか」
 ホムラ殿は溜息をつく。カガリは肩をすくめた。
「はい、全部。ホムラ殿こそわざわざ新人を中心に使っていらっしゃるではないですか」
 カガリはライトの側に立っている軍人に目を向けた。まだ十五・六くらいの若い軍人が驚きの表情でこちらを見つめている。よく見れば、車に乗っている連中や周りにいる連中もかなり若い連中ばかりだ。
「軍の古株連中はお前のことをよく知っておる。こんなことで動けとは言えん」
 ……先ほどから何を言っているのだ?そもそも何故カガリをこのような重装備で新型のMSを持ち出してまで捕まえようとしているんだ?
「た、隊長。何故、カガリ様を」
 マシンガンをこちらに向けている兵士が、インカムに向って叫んでいる。しかし、表情を見る限りまともな答えが帰ってきてはいないようだ。ここにいる兵士達も何も知らされていないのか。
「皆、疑問に思っているようだな。だが、目の前にいるコレはカガリ・ユラ・アスハではないのだよ」
 ホムラ殿は顔を顰めながら、カガリの顔を睨んでいる。
 カガリは、それを受けても平然として腕を組んでいる。
  
「なぁ、深淵 香具弥(しんえん かぐや)よ」
  
  
[to be continue...]
  
  
NEXT PHASE 「始まりの時」